入社前に描いた事業戦略と、入社後の組織の現実とのギャップで失敗した話
入社前に描いた事業戦略と、入社後の組織の現実とのギャップで失敗した話
転職活動において、企業側から語られる事業戦略や将来の展望は、入社を決断する上で非常に重要な要素となります。特にマネージャーとして新たな組織に加わる場合、その戦略に基づき、自身のチームや部門がどのような貢献を求められるのか、どのような方向性で推進していくのかを具体的にイメージし、期待を膨らませるものです。しかし、残念ながら、時にその期待と入社後の現実には、想像を絶するほどの大きなギャップが存在することがあります。
今回は、私が実際に経験した、入社前に聞いていた事業戦略と、入社後の組織の実態との間の致命的なギャップにより、マネージャーとしての役割を果たせず、結果的に失敗に終わってしまった体験談をお話しさせていただきます。この経験が、これから転職を検討されている方、特にマネージャー層の皆様にとって、反面教師として少しでもお役に立てれば幸いです。
失敗の詳細:輝かしい戦略と、動かない組織の狭間で
前職で培った経験を活かし、新たなフィールドで事業成長に貢献したいという強い思いを持って、あるIT系ベンチャー企業にマネージャーとして入社しました。面接では、経営層から非常に革新的で野心的な事業戦略が熱く語られました。競合との差別化要因、ターゲット市場の明確さ、数年後のロードマップなど、どれも論理的で魅力的であり、「ここでなら本当に大きな仕事ができる」と確信したのです。私の担当領域もその戦略の中核を担うものであり、早期にチームを拡大し、事業を急加速させる役割を期待されていました。
しかし、入社後、現実は大きく異なりました。確かに素晴らしい戦略は存在したのかもしれませんが、組織全体がその戦略を実行できる状態ではなかったのです。
まず、情報伝達の圧倒的な不足がありました。経営層が描く戦略が、現場レベル、特に開発部門や営業部門に具体的にどのように落とし込まれているのかが不明確でした。私のチームは新しい施策を推進する立場でしたが、関連部署との連携が全くスムーズに進みません。必要となる開発リソースは常に不足し、営業部門は既存事業の目標達成に追われ、新しい戦略に基づく活動にリソースを割く余裕がない状態でした。
また、各部門が異なるKPIを追っており、全社戦略に基づいた共通の目標設定がなされていませんでした。私のチームの目標は戦略に沿って高々に掲げられましたが、他の部門の目標とは有機的に連携しておらず、孤立無援の状態でした。マネージャーとして各部門に協力を仰いでも、「それはうちの目標ではない」「今は手が回らない」といった反応ばかりで、戦略を推進するための横断的な連携体制が全く機能していなかったのです。
さらに、経営層の言動にも一貫性が見られませんでした。ある週にはAという戦略の重要性が強調されたかと思えば、次の週には全く別のBという短期的な成果が優先され、部下たちも何に注力すべきか混乱していました。マネージャーとしてチームの方向性を示す責任がありましたが、上層部の方針自体が曖昧で頻繁に変わるため、部下からの信頼を得ることが難しくなりました。「結局、何を目指しているのですか?」という部下の問いに、明確な答えを返すことができない自分に無力感を感じました。
結果として、入社前に期待されていたようなペースで事業を推進することは不可能となり、チームの士気も低下していきました。マネージャーとしてリーダーシップを発揮しようにも、組織の構造的な問題や経営層の方向性のブレにより、有効な手を打てず、自身の役割を果たすことができませんでした。
原因分析:戦略倒れ組織と、見抜けなかった自身の甘さ
なぜこのような失敗が起きてしまったのか、深く分析してみました。
第一に、企業側の問題として、「戦略倒れ」の組織であったことが挙げられます。素晴らしい戦略は存在したかもしれませんが、それを組織全体で共有し、具体的な実行計画に落とし込み、各部門が連携して推進していくための体制や文化が全く醸成されていませんでした。経営層のビジョンと現場のオペレーションが完全に分断されており、絵に描いた餅になっていたのです。情報共有の仕組み、部門間の連携を促すインセンティブ設計、全社横断的な目標設定プロセスなど、基本的な組織運営の仕組みが欠如していました。
第二に、私の自身の情報収集と見極めの甘さがありました。面接で語られる「理想」だけでなく、「現実」を深く探るための質問が不足していました。例えば、以下のような点について、もっと具体的に質問し、複数の関係者から情報を得るべきでした。
- 戦略の浸透度: 「この戦略はどのように現場に共有され、理解されていますか?」「各部門の目標は、この戦略とどのように連動していますか?」
- 部門間連携: 「新しい事業や施策を進める際に、部門横断での連携はどのように行われますか?成功事例や課題はありますか?」
- 経営層の意思決定プロセス: 「経営層の方針は、どのように現場に伝えられ、実行に移されますか?そのプロセスで重視されていることは何ですか?」
- リソース配分: 「新しい戦略を実行するためのリソース(予算、人員、開発力)は、どのように確保され、優先順位はどのように決められますか?」
面接官(特に経営層)は会社の良い面、理想の姿を語りがちです。その裏にある組織の成熟度、実行力、コミュニケーションの実態を見抜くための、より踏み込んだ質問や、複数の人物(可能であれば現場に近いマネージャー層やメンバークラス)との会話が重要でした。
そこから得られた教訓:理想だけでなく、実行力と組織の現実を見極める目を持つ
この失敗経験から得られた最も重要な教訓は、「語られる理想の戦略だけでなく、それを実行できる組織の現実を徹底的に見極める必要がある」ということです。特にマネージャーとして入社する場合、戦略を実行するための「器」としての組織の力がなければ、どんなに素晴らしい戦略も絵空事で終わってしまいます。
反面教師として、皆様にお伝えしたい具体的なポイントは以下の通りです。
- 戦略の実行体制を深く質問する: 面接で戦略を聞くだけでなく、「それを誰が、どのように、どのようなステップで実行するのか」「ボトルネックになりうる点は何か」「その課題に対してどのような対策を講じているのか」など、実行面に焦点を当てた具体的な質問をしましょう。
- 組織のコミュニケーションや連携の実態を探る: 「部門間の連携はスムーズか」「情報共有の文化は根付いているか」「会議体は機能しているか」といった、組織のオペレーションに関わる質問も重要です。可能であれば、現場のメンバーや他部門のマネージャーと話す機会を設けてもらうよう依頼しましょう。
- 経営層の一貫性を見抜く: 短期間の間に複数の関係者と話す中で、経営層が語る内容に一貫性があるかを確認しましょう。また、彼らが現場の状況をどれだけ把握しているか、現実的な視点を持っているかを見極めることも重要です。
- 自身の役割の明確さと実現可能性を評価する: 自身が担当するであろう役割が、組織全体の中で明確に定義されており、かつその役割を果たすために必要な権限やリソースが現実的に確保できそうかを見極めましょう。曖昧な役割定義や、他部署への過度な依存が必要な場合は要注意です。
- 企業文化と自身のフィット感を考える: 理想論だけでなく、現場で実際に働く人々の価値観や行動様式が、自身の働き方やマネジメントスタイルとフィットするかを考えましょう。ウェットすぎる、ドライすぎる、非公式ルールが多いなど、表面的な情報だけでは分からない部分を、OB/OG訪問や可能であればカジュアル面談などを通じて探る努力が必要です。
結論:次回の成功のために、理想と現実のギャップを見抜く目を養う
転職は、企業が提示する理想と自身の経験・希望をすり合わせるプロセスですが、その際に企業の「実行力」という現実的な側面を見落とさないことが極めて重要です。特にマネージャーは、理想を実現するために組織を動かす立場にあります。組織の仕組みや文化、そして経営層のリーダーシップが伴わなければ、どんなに優れた戦略や個人の能力も活かせないことを痛感しました。
私の失敗は、語られる戦略の魅力に目を奪われ、それを実行するための組織の現実を深く見極められなかったことにあります。この経験を活かし、今後の転職活動では、企業の描くビジョンだけでなく、それを実現するための組織力、実行体制、そして働く人々の現実を多角的に、冷静に評価することを誓いました。
読者の皆様も、面接で聞かされる輝かしい戦略やビジョンだけでなく、その企業の「地力」や「現実」を様々な角度から確認するプロセスを大切にしていただきたいと思います。それが、後悔のない転職、そして入社後の成功への第一歩となるはずです。